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2011年4月24日 (日)

右回りにしか見えん

4月18日(月)

出張 - マルイチ。

テンイチは1敗で撤退。QMAは3着をとってドラゴンへの色気が出たが、直後の予選後半戦でアニゲ○×全問不正解。久しぶりの最下位獲得。

その次も予選後半戦がアニゲで12位の着地。ミノ落ち。流石にミノでは1-1-2ですぐにフェニ復帰。

協力プレイで踏破達成。虫メガネやメガホンは癖になるな。

4月21日(木)

授業参観。

4月22日(金)

遠足の下見 - マルイチ。テンイチは2勝1敗。QMAは2-7-5でドラへ。まったく自信がない。

ルミラに殺っちゃん4積みはどーだろーと妄想。強引にでもLFネタをつながないとこのゲームは滅びてしまう。

体力増強&減量に自転車を計画。必要物を模索中。

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2011年4月17日 (日)

「アタック」って言うと「チャンス」って言う。

「20番」って言うと「なぜカドを取らない?」って言う。

しょーもないことを言うと「そんなヤツおらんで~」って言う。

そうして後で、寂しくなって、

「チッチキチ~」って言うと「チッチキチ~」って言う。

こだまでしょうか、いいえ誰でも。

4月10日(日)

大学時代のメンバー5人 + そのうち1人の妻子と花見。独身率80%は見て見ぬ振り。

満開ですげー綺麗だったが、「芋で洗うような」という形容表現はこんなときに使うんだなと実感。

4月11日(月)

出張。

テンイチは2勝2敗。

QMAはいつものドラフェニの往復を経て協力プレイ。8階でアウト。

4月12日(火)

給食開始。4kで一月分の昼食が賄えるのは助かる。

4月13日(水)

会議。

4月14日(木)

1年ぶりくらいの多人数授業で声が枯れた。

4月15日(金)

歓送迎会。

4月16日(土)

サウナ。

里見が奨励会試験を受けるとな。いろんなとこに影響きそーだ。

今日、大会だったのな。

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2011年4月 9日 (土)

ナイニ等しい古事記、ナニヲいまさら日本書紀

4月2日(土)

「ナナとカオル」の劇場版が、既に公開終了していることを知る。DVDで出るらしーが、そーなると途端に見る気が失せるDテイスト。

サウナで汗を流して、麻○の禁断症状を抑えて帰宅。

4月3日(日)

友人Sとマルイチへ。

クマハチ。500マジカしか引き継がれないとゆーことで、3000マジカ近くがパーに。現状のコスで満足しているので、しばらく浪費することもなかろーて。

いきなりドラゴン組とゆー暴挙。順調に落ちてフェニで5-5-2でドラ復活。再び落ちて回線も落ちてフェニ初トップを取ったところで終了。つーか初トップが回線落ちとは情けない恥ずかしい。

「将棋の現行7大タイトルを全て制覇したことのある棋士を1人挙げよ」。羽生以外の棋士を入力しよーと思ったら本戦が始まって時間がなかったオチ。「同時に」だと羽生しかいないがな。

友人Sの助けを借りて「戦国時代検定」と「ロボ検定」をクリア。興味のない分野は、助けナシではムリ。

テンイチ。あと1敗でB1降級。残り6戦を5勝1敗で乗り切るか、即降級を免れるために常に勝ちが先行するよーにしつつポイント2倍の最終戦に勝利するか、どちらかがA級残留の絶対条件。

初戦、2戦目は危なげなく勝利。

コンティニューしよーとコインを投入したら、まさかの回線落ちで入力を受け付けない。仕方なく店員を呼びに行って、「あと1勝で無料コンティニューだったんだよな」とかプレッシャーを掛けていたら、4クレジットサービスしてくれた。

「件の事情があるとのことなので、クレジットをサービスしておきました」

「つまりどーゆーことやねん」

「お客様の挿れられた1クレジットと、コンティニューの1クレジットと、あと連勝をリセットさせたということで合計4クレジット入れています」

「それでえーか、S」

「(急に振られて戸惑うS)う、うん」

「そーか、ありがとーなにーちゃん」

落とし処は、徹底的に他人に依存。

3~5戦目の何れかで必敗形から形勢逆転を経て勝利につなげたのがあった。まさかの5連勝で、最終戦までに19ポイントの貯金を得る。

6戦目。A級在籍10戦目なので、ここまでの成績によって次節以降の所属するクラスが変わる。本日星を稼いでいる相矢倉から、角銀交換の決断を経てDが攻めをつなげる展開に。

D有利で進めていたと思うのだが、相変わらず秒を読まれる展開に自玉の詰みを深く読まず自陣の整備を怠って頓死。

1敗しても大丈夫だろーと高を括っていると、ポイントが減るわ減るわ減るわ。ポイント2倍は伊達じゃない。

それでも残留ラインに数ポイント残してgrgrの残留。まー、将棋は面白いとゆーことだ。

4月4日(月)

今年度初出勤。担任・校務分掌も決まった。明後日の第2回会議に向けてシコシコと書類作成。

4月5日(火)

書類作成の目途が立つ。久々に生レバを購入。

4月6日(水)

お客様も来られる。半日を無難に乗り切る。

午後は会議。議題が20を超えるってないわー。無難に乗り切った感と、新たな宿題が増えた感でsigh。

眼鏡を掛けて見たらアインシュタイン、外して見たらマリリン・モンローの絵を見て驚愕。もう大概の錯視は見尽くしたと思っていたのにな。

4月7日(木)

S田屋とMっ子ラーメンが食いたくなった。どっちも大学の思い出の味。

4月8日(金)

時間割ほぼ確定。Dがどの授業を担当するかの配当表付き。

エタよりも鬼矢倉のほーがまだLFを打ってる感があるくらいかな。

Dは、デイアフタートゥモローはコボより酷いと思っている。

いーくにつくろーキャバクラ爆風。古都を散策するとゆー趣味はまだ完全には理解できない。

明日はS川で花見。遠い遠い。

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2011年4月 2日 (土)

本当に脱麻○

3月26日(土)

全く、㌧でもない日だった。

開始から4-4-4-3-4-3。6半荘連続で連に絡めず。後も2-2-2でトップなしの-2.7MG。

19:00終了の予定だったが、あまりに悔しすぎたので、別の用事をこなしてから延長戦。

何とかトップを獲って、辛うじて後半戦の収支はプラスの低空飛行。せめて本日の負け分くらいは取り返したいと思っていたらビッグウェイブが来た。

「ロン、1500」

「ツモ、6000は6500オールの3枚」

「ツモ、4000は5000オールの2枚」

「ツモ、6000は7500オールの2枚」

東3局、8万点オーバーで終了。最後の半荘は他家に4枚オールを決められたりして、1400点の3着で終了。

後半戦は6kのプラス。トップ3回、2着2回、3着5回、ラス1回。本日トータルでトップ3回、2着5回、3着7回、ラス5回。今年の収支:-4.5MG。

点数の多寡を競うのが目的のゲームではないとゆーのが麻○のクソゲーたる由縁。

3月27日(日)

NHK杯鑑賞。羽生の強さをまざまざと思い知らされた。糸谷は羽生と決勝で当たると早指しができていない。

県教委から連絡。来年度の職を確保。ほっ。

ソリティアで初の1万点超。73秒10211点。「超」と「越」の使い分け。

うみねこ翼クリア。というより読破。後半はきっと締め切りに追われたんだろーなクォリティ。

弓矢は、ゴーストを瞬殺できる点で封印の役割をする。付けスラのの代わりにもなる。精神保護者を貼られると滓カードと化す。

試しに理奈で転機おとぎを抜いてチョンボを4投したら、初手にとんとバトカを見なくなった。たまたま悪い目が続いているだけさ、相手依存のカードだとは心得てはいるけれど、実践に踏み切るにはちょっち勇気の要る結果。

チョンボは4積みか、脅しで1か、保険で2か、確実に3か、バクチで0か。独り回しでは会得できぬな。同じ相手とばかり回していて、大会でデッキがバレているのも勘弁。

3月28日(月)

午前出勤、午後は年休取って来年度の契約更新、それから麻○。そろそろ試験勉強を始めないととは思っているのだけれど。

14半荘で2着10回と書けば聞こえはいいが、14半荘トップなしと書けば聞こえが悪い。

3着2回、ラス2回でチップツモもほとんどなかったので、実は福沢さんが3名お※くなりになられている。

集中力が切れているのを自覚しながら迎えた15半荘目、これにて本日打ち止めとスタッフからも言われている。

四四(1)(2)(3)(5)(6)(7)(8)789 ドラ四萬

南2局、トップと1万点差の2着。ついに勝負手が入った。四萬ツモが一番うれしいが、たとえドラが出ていく形になっても好形テンパイが組めれば問題ナシ。

ここで上家からDとは関係ない牌の暗カンが入る。新ドラ表示牌は四萬。直後のDのツモが七萬。

はっきり言って、嬉しくないテンパイ。ツモ切りまである。しかしカンが入ってゆっくりしていられなくなった。上家もシャンテンまではあるだろう。渋々ながら顔には出さずリーチ。

直後のツモが4筒。赤は出ていくが高めのある3面張。仕方なかとねー。

四・七萬がDから6枚見えた。六萬は山にいるかもしれない。が、ツモれない。

牌山が1桁になりそーなその瞬間に六萬がいた。裏ドラが7筒・8索で3000・6000の3枚。

何事もなく始まった南3局。冷静に役を数えてみる。リー・ツモ・赤・ドラドラ・裏裏で申告。だがしかし、五萬が新ドラになっていたことをこってり忘れていた!

現在、2着に5000点差のトップ。もしきちんと4000・8000で申告していたら、その差は更に5000点多く開いているはずだった。明らかに疲労が溜まっている。チップはきちんともらえたんだからいーじゃないかと言い聞かせる。

幸い南3局もハネマンを出アガり、2着との差は17000点に広がる。

迎えたオーラス。最後くらいはトップで終わりたい。これ以上Gを減らしたくない。

一一二五六發發(5)(6)45?? ドラ二萬

お誂え向きに役牌で逃げ切れる配牌。早く發を出してくれー!

祈りが通じたのか、3巡目くらいで發が鳴ける。頭固定で二萬を切り出すと、既に白を叩いていた2着目の親がポン。

やばいやばいやばい!(1)満直で替わる。(2)ハネマンなら脇からでも替わる。(3)満ツモならギリギリ耐え。

南2局のミスが現実に顕れた。ミスがなければ(2)の心配はなかった。

7筒をツモり3索を鳴き、Dは6巡目テンパイ。親もツモ切りが続き、同じ頃からテンパイ気配。

一萬を切って回ることもできる。満ツモは耐えなんだ。オリてもいーじゃないか。いや、Dのロン牌が出てからハネマンで一撃でクリアーされてみろ、後悔のストームだぜ? でも親に満直されたらもっとショックだぜ?

いろんな事を考えながら親の無筋をズバズバ切り飛ばしていく。親も五萬など脂っこいところを出してくる。

終焉は10巡目、Dの手元に四萬が来たことで訪れる。何ともうれしい300・500。本日初トップ。

親は五五七の形。七萬切りならトイトイが付いてハネマン確定。しかしシャボの片割れが既に1枚場に出ており、枚数でカン六萬を選択したらしい。

8kのマイナス。今年の収支:-5.3MG。ゲーム代による支出がパない。そろそろ試験にシフトチェンジ。

3月29日(火)

うっかり19;00頃に「本当は怖い医学」を見てしまい、「はー、こんな恐ろしい病気があるんだなぁ」と思いCMでチャンネルを変えたところで、ずっと楽しみにしていたチャリティーマッチを思い出す始末。

カスは凄いね。遠藤や岡崎のゴールが霞んでしまうね。

3月30日(水)

3.1MGのマイナス。今年の収支:-8.4MG。しばらく牌には触らない。

3月31日(木)

母の退職祝。兄も京都から駆けつけた。40年間お疲れしたー。

4月1日(金)

アーツェーのCMについて緒論あるよーだが、関西民としては16年前も同じよーなことになったので、CMがほぼ壊滅状態になることは予想されていたのだが、16年前異国では現在のよーなCMジャックは起こらなかったのかい?

なお、16年前はアーツェー寡占状態で、他のCMの流れる隙間などなかったよーに記憶している。もちろん、最後の「アー・ツェー」の文句もそのままに。

4月2日(土)

逆裁3クリアー。4に突入。

「ナナとカオル」6巻購入、本当は映画も見たい。

もーすぐ選挙。広域連合に酸性かアルカリ性か、他国民の客観的な意見を問う。

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