« 図書館 | トップページ | 隠しゲイ »

2007年4月25日 (水)

海老蔵

多くのサイトで謳われるだろうが、触れないわけにはいくまい。

ルミラデッキを使用中、4キルされた後で残り気力3点のリーダーに対してエビルを引き、微妙な思いをされた方は相当数に上るだろう。

だが、エビルのダウンがトリガーとなって3点が飛んでくるのに、その3点で相手の勝利条件が満たされてしまうと、こちらの敗北が先に決まってしまうのは、心情的に納得がいかない。「ルールでこうなりましたから」「決まってますから」と言われるのみでは、腑に落ちるプレーヤーはそう多くないように思う。

ルールなんて、いくらでも解釈可能である。たとえば、法律書を紐解くと、『「犯罪」とは「構成要件」に該当する「違法」・「有責」な「行為」である』と定義されている。法学部生は、1年をかけて、「構成要件」とは何か、「違法」とは何か、「有責」とは何か、「行為」とは何かを学んでいくのである。解釈の違いで、同じ案件でも結論が180度違ってくるのはザラである。だからこそ、最高裁判所の裁判官は、国民投票で決定されているのだ。最高機関の裁判官として適格かどうかを、形骸化はしているが国民が決定できるシステムを採用しているのである。

LFは三権分立によって成り立っている。ルール制定は、いうなれば立法機関、日本の政治の仕組みに当てはめると国会にあたる。ジャッジは、法律を運用する内閣に当たるだろう。我々は内閣に対して、違憲審査を行う司法府でなければならない。ジャッジがあまりに無茶な解釈をする場合のみ、ルール・FAQとの差異を指摘することが許される。

「悪法も法なり」で、LFに居住する限りは、LF界の法律であるFAQ・詳細ルールに従うべきである。ジャッジは一般国民であるプレイヤーに、分かりやすい形でルールを知らしめる義務がある。誰もジャッジになりたがらないワケだ。

我々プレイヤーも、ジャッジに完璧を求めるのではなく、寛容な心で接する必要がある。ジャッジの役割は、ルールを徹底させることになく、大会運営を円滑に進めるためにあるのだ。野球の審判だって、クレームがなければ一方のチームのミス(打順間違え)などを指摘できない。そのまま試合が進めば(たとえ1球でも進んでしまうと)、相手チームが了承したと見なし、もう巻き戻しは許されない。

関東あたりのブログを拝見していると、ジャッジが不完全(ルール的にか人間的にかは知らないが)で、不愉快な思いをされたプレイヤーも数多くおられるようだ。我々にできることは(1)そのジャッジが運営する大会に参加しない(2)ジャッジに罷免を要求する、ことくらいだろう。(1)は本末転倒なので(2)が現実的か。だが、ジャッジがルール的に不完全だからといって、「しゃあないなぁ」と思うことはあれ、不快感を感じることはあまりないように思う。ジャッジの方も本当はプレイヤーとして参加したいのだ。少なくとも大会中に、ジャッジを嘲笑するような真似だけは避けるべきだ。

抽象的な概念である憲法と照らし合わせて、立法府に悪法を悪法として認めさせ、撤回させるのが違憲立法審査権の行使であり、ゲーム性を破壊する、と嘆くプレイヤーの声を反映させるエラッタがそれにあたる。フリマやSPスフィー・人数調整狂奏曲あたりがこれに該当する。今回のエビルの件は、この点を突くのが妥当ではなかろうか。

早くシャーロムロジックを是正してくれい。

新しく発生した事物について、既存の法律に新たな解釈を加えていくのは、カードゲームに限ったことではない。「電気」や「情報」という実体のないものを奪うのは窃盗罪にあたるか、など、法律は日々発生する新たな事例に、新たな息吹を吹き込んできた。

プレイヤーが起案者の意図を遥かに凌駕したコンボを大会で使用したとき、最も困るのはその場に居合わせたジャッジである。そりゃそーだろう。FAQにも載っていないのだから、そのコンボが成立するか否か、類推判断するより仕方がない。

プレイヤーは、いかにそのコンボに自信があろうとも、大会上の最高責任者はジャッジなのだから、大会中にダメ、と言われたら、大人しく引き下がらなければならないはずだ。賢明なプレイヤーなら、成立するコンボか否かを大会前にジャッジと確認している。「これは絶対成立するコンボです。それを大会中にジャッジに否定されました。あの馬鹿ジャッジめ」的な意見を耳にするが、それは事前調査を怠ったプレイヤーに非があるように思う。

日本国憲法は、わが国の政治の根本となる最高法規で、三大原則(国民主権・基本的人権の尊重・平和主義)を掲げている。弁護士は、6法などの法律が憲法に違反していないかをチェックし、無罪を勝ち取るわけだ。刑法200条の尊属殺人(親殺し)は、かつては死刑とされていたが、「刑法199条の殺人は、必ずしも死刑ではない。殺された人間によって刑の重軽を判断するのは、平等権の侵害にあたる」とされ、今では削除されている。ルール厨の無茶が通ったケースだとDは思う。

LFには、成文憲法とされるものはない。強いて言えば、ゲーム性がそれに当たる。たとえルールに明記されてなくても、「ゲーム性を著しく破壊する」とプレイヤーが判断し、ルール整備者に確認することによって、法は改正されていくのではないだろうか。

法改正には、アクションを必要とする。ウダウダ言っているだけではダメなのだ。低愛のメールサポートを実際に活用している人間はどれくらいいるだろうか。ちなみにDは一度も利用したことがない。行動を伴っているとは言えまい。チ○カスに等しい存在だ。

世論、という考え方もある。こうして情報を発信し、たまたま先方がその情報をキャッチすることで、ルールに反映される、というものだ。

Dはまずゲーム性ありき、それに沿ってルールや細部表記は変更されるべき、の意見を持つ。怖いのは「なんとなくおかしい」と感じるプレイヤーの意見を「かわいそうな人」とバッサリ切り捨てて、可能性の芽を摘み取ることだ。かわいそうなのは「なんとなく」を論理付けて説明できないオツムの弱さなのであり、無論、そんな人間はジャッジには不適格だが、「キミの意見は論理的に説明できていないので聞くに値しない」とするのは、一方的過ぎると思う。

「キミの意見はこういうことなんだよね?でもボクはこれこれこーいうことを根拠にこう思うし、実際のルール運営もそーなってる。だから納得してくれないか」と収めるのがカシコいやり方なのだろう。

実際のクレーム処理では、「相手に正誤を理解させること」を目的とせず、「相手に納得させること」を念頭において交渉を進める。客が、たとえ先方の勘違いで怒鳴り込んできたとしても、「あなたの方が間違ってますよ」と連呼するようでは人として二流だと思う。先方の矛先を上手くかわしつつも、やんわりたしなめることの出来る人が成功する人なのだろう。

ジャッジにそこまでを求めるのは、多くを望みすぎかな。

|

« 図書館 | トップページ | 隠しゲイ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/186238/6206768

この記事へのトラックバック一覧です: 海老蔵:

« 図書館 | トップページ | 隠しゲイ »